負傷者バージョン開発の背景
はじめに ここでいう「救護所」とは、発災直後のまだDMATなどの支援部隊が来る前の時間帯に、近所の開業医や看護師等が、避難所の一角や公共施設に集まって、大量に発生する重軽症者に対応するための場所で、少し落ち着いてから病人や体調不良の人を診るための、避難所などに開設される診療所的なものとは異なるものです
HUG(地震バージョン)の舞台は、救護所が併設されない避難所
救護所が開設される場所は、静岡県の場合4分の3くらいが避難所に併設で開設されることになっています。したがって、避難所運営の課題としては、本当は大勢の負傷者が運び込まれたらどう対応するかということがあるのですが、普及しているHUG(地震バージョン)の開発にあたっては、救護所が併設される避難所という設定にするとゲームが難しくなりすぎることもあり、救護所が併設されない避難所という設定にしました。
しかし、自治体の計画では、避難所に救護所が併設で開設される計画になっているところも多いにもかかわらず、医療関係者によるトリアージ等の訓練は実施されているものの、医療関係者の後方支援を含めた救護所運営訓練がほとんど実施されていないこともあり、HUGの手法を活用してやってみようというのが負傷者バージョン開発のひとつの理由です。
避難者一人あたりの必要面積≒負傷者一人あたりの必要面積
避難者一人あたりの必要面積は3㎡程度といわれており、これを受けてHUGではカードのサイズを、1.5m× 2.0mにしていますが、負傷者をベッドに寝かせて隣に通路を確保したり、付き添いが付いた場合、ちょうどそれと同じくらいの面積になると思われるので、カードサイズをHUGと同じサイズにしてあります。
これにより、地震バージョンと負傷者バージョンをひとつのグループで同時に実施し、避難所と救護所の場所の取り合い、調整、協力等についてシミュレーションできるようにしました。別の表現をすると、避難所と救護所のバトルということもできます。
負傷者への対応計画
大地震が発生すると、家屋倒壊や山がけ崩れ、津波等により膨大な数の負傷者が発生する可能性があります。
家族や近所で負傷者が発生したらどこに運ぶのでしょう。普通に考えれば、それはもちろん近くのお医者さんや病院などの医療機関ではないでしょうか。
しかし、大地震の時は、医療機関の建物、医師や看護師等も被災しているかもしれないし、何といっても負傷者の数が医療機関の対応能力を超えてしまうことが予想されています。そうなると、助かる命も助からないという事態になってしまいます。
では、この多数の負傷者に対応するための全体的な計画は どうなっているのでしょうか。
静岡県の場合を例に見ると、図のように
・重症者は 災害拠点病院または救護病院、救護所に搬送する。
・中等症者、軽症者は救護病院又は救護所に搬送する。
・軽症者は救護所に搬送する。
ということになっています。
そして それぞれの場所で、トリアージを行い
・救護所に搬送された重症者や中等症者は救護病院に搬送する。
・救護病院に運ばれた重症者は災害拠点病院に搬送する。
・災害拠点病院に運ばれた重症者のうち、必要のある人についてはSCU(ステージング ケア ユニット)に搬送し、SCUで更にトリアージを行い、 搬送可能と判定された人を空路で県外の病院に搬送する
という計画です。
負傷者は本当に救護所に運ばれるか
ここで感じる大きな疑問は、そもそも負傷者が本当に救護所に搬送されるのかということです。しかも、軽症者は医療機関ではなく救護所だけへ運び、中等症者は救護病院または救護所へ搬送するというように、住民自身が怪我の具合に応じて冷静に搬送先を選択するというのです。
おそらく、誰でもそうだと思いますが、これまでの人生で、負傷者を医療機関以外の場所に運んだことはほとんどないのではないでしょうか。それなのに、大地震が発生した時だけは、 血だらけの人や、骨が折れているものの歩けてすぐには死にそうにない人は、医療機関には運ばず、近くの避難所の一角や公共施設等に設置される救護所に運ぶことが本当にできるのでしょうか。
また、すぐ近くに病院がある場合、その病院に運ばずに、遠くの救護所に運ぶことがあり得るのでしょうか。
中には、この計画に示された通りにする人もいるかもしれませんが、人の行動は計画を作ったからといって、そのとおりになるものでもありません。病院に運ぶ人もいれば、開業医に運ぶ人もいるし、救護所に運ぶ人もいるという、白か黒かではなく、灰色的なグラデーションのある運び方になるのではないかと思います。
上記のように、重症者が救護所に運ばれるということは、実は 普通では考えられないのですが、 道路が損壊するなどして 病院に運べなかった時に 救護所に搬送されるということは十分ありえることです。
もう一つの大きな問題は、 これまで日本で発生した大地震の時に、この「救護所」が開設されてうまく機能したことがほとんどないことです。
その他の疑問、問題点
・冒頭に、「ここでいう救護所とは近所の開業医や看護師等が、避難所の一角や公共施設に集まって、大量に発生する重軽症者に対応するための場所」と書きましたが、下記のように先生が本当に救護所に集まれるかという疑問があります。
・耐震性があり医療設備が整った医院の方が、医療設備がほとんどない救護所より良いのではないか。
・開業医の医師が救護所に向かって出発する前に、その医院に多数の負傷者が運び込まれた場合どうすればよいか。
・開業する場所に遠隔地から通勤している医師も多い。
そのほか、
・医師が到着する前に、救護所に多数の負傷者が運びこまれたらどう対応するか。
・現在、救護所訓練として実施されている訓練は、ほとんどの場合、医師等がトリアージの説明をした後、数人の負傷者役の人の模擬トリアージを行い、赤黄緑黒のエリアに負傷者を運び、赤の人の中から搬送順序を決めるというパターンのものが多いが、これは実はトリアージの説明が主であって、たとえば災害対策本部との連絡調整、大量の安否確認への対応、多数の負傷者が来た場合のエリアの増設、付き添いへの対応、医療用具の確保、搬送支援、負傷者の見守り、駐車場の交通整理、避難所に併設された救護所の場合は避難所とのエリア調整など後方支援を含めた救護所運営訓練ではない。
・また、上記訓練では負傷者の数が非常に少なく、ほとんどの場合付き添いなしだが、実際は多数の避難者と付き添いが来ることが想定される。
上記のように、大地震時の負傷者への対応計画についてはいくつかの疑問があります
しかし、計画が策定されている以上、本番が来たら何とかしなければなりません。そこで、上記の疑問や問題点などをゲームの中に盛り込んで開発したのが負傷者バージョンです。