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2016年9月 6日 (火)

失敗を経験できることの重要性

 HUGは、おかげさまで口コミで全国に普及し、多くの皆様に体験していただけるようになりましたが、防災講演会やよく実施される放水訓練、バケツリレーなどの実動型の防災訓練などとどう違うのだろうと時々考えてきましたが、最近になって思い至ったことがあります。それは防災講演会やよく実施される実働型の防災訓練では、基本的に失敗することがないのに対し、HUGでは参加者の誰もがうまくいった、成功したとは思わないということではないかということです。必ず、あぁすればよかった、こうすればよかったという、一種の失敗をたくさんしていることだと思います。
 防災講演会では、聴衆は講師の話を聴いているだけですから失敗ということがあり得ません。また、放水訓練やバケツリレーなどの訓練でも、企画する側が失敗が生じないような企画をしているので失敗するということはほとんど起こりません。失敗したとしてもすぐに修正できる程度のものです。
 それでは失敗するということの意義はどこにあるのでしょうか。
 例えば野球のバッティング練習を例にとると、最初の頃はバットがボールにうまく当たりません。まぐれでときどき当たったりしますが、ただ当たるだけで満足のいくものではないし、何よりほとんどのスイングはチップだったり、空振りだったり、ボテボテのゴロばかりです。つまり失敗しか起こりません。何回も練習して当たるようになってきたとしても、ボールのスピードが上がったり、変化球を投げられたりしたらやっぱりうまく当たらないので失敗ばかりです。
 このようにスポーツでも他のことでも、練習というのはほとんどが失敗でほんのちょっぴりの成功が時々混じっているというのが普通です。上手くなりたいのに失敗ばかりでくやしい、だから努力をを重ねるということだと思います。
 防災訓練では、失敗したからといって「上手くなりたい」というところまではいかないかもしれませんが、HUGの場合は、上手くいかなかったからリベンジでもう一回やりたいという声をよく耳にします。とはいうものの、時間がかかるゲームなので、その場でもう1ラウンドというわけにもいかず、いつかチャンスがあったら今度こそ上手くやってやるぞという気持ちになるのだと思います。
 防災講演会や実動訓練とHUGとの違いのひとつは、この「失敗ができる」ということにあるような気がします。
 よく考えてみれば当たり前のことですが、大地震の後でいきなり避難所運営をやれといわれて上手くできるわけがありません。誰もが動揺し、混乱し、不安でいっぱいです。避難所の運営側も被災者ですから条件は同じです。たとえ大きな被災はしなかったとしても、家族のこと、仕事のこと、これからのことなど不安なことばかりです。そういう心理状態の中で、避難所に押し寄せる大勢の避難者や予期せぬ出来事に対応しなければならないという、一度もやったことがないことをやらなければならないのです。
 誰でも、失敗して初めて気付いた経験があると思います。それは、失敗しなければ気づけないということでもあります。
 HUGはゲームなのでいくらでも失敗ができます、そして失敗してみて初めて気付くことになります。それを経験できるのがHUGの良いところなのかもしれません。

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